2015/09/23

父のために私ができること

日めくりカレンダーがちゃんとめくってありました^^
父 カレンダー
この日は老人ホームの敬老会で家族も招待されていたので,
妹と合流して父に会いに行きました。
*・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.:*・☆・゜・*
「すごかね~ 100点たい。 こがんことば習いよるとね~」 
100点 加筆
「うわ~! よぅ描けとるね。誰が描いたと?」 
父 油絵 孫
「こっちは,誰が描いたと?」 
父 油絵 孫
「父さん,この絵ば飾ってよか?」
「よかよ」
「この辺がよか?もう少しベッドに近か方が見やすかかな?」
「こっちが よう見えるけん,こっちがよか」
飾る位置は,父に決めてもらいました。
写真はポケットアルバムに,100点のテストは透明なファイルに入れて
手の届きやすい机の上に置きました。

机の端には,本やポケットアルバム,めくった日めくりカレンダーなどが
雑に積み重ねられていました。
母ほど酷くはありませんが,父も片づけが下手です (;^_^A
*・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.:*・☆・゜・*
「施設に入るくらいなら,家で野垂れ死んだほうがマシ!」
と言っていた父ですが,今 穏やかに過ごしています。
他の入居者・家族みんなで食事をしながら
父と一緒に食事をしたのが久しぶりだったことに気付きました。
(こんなに穏やかな気持ちで,父さんと食事をしたことがあったかな)
父 くまモン 背中
脚力が衰えて,歩行にはウォーカーが必要ですが,ここでならば
安全に使用できます。
(実家にいたときは,壁を伝うように歩いていました)

父自身はどう思っているのかはわかりませんが,
父に必要なケアができる,父が安全に生活できる場所が見つかって
私は本当に助かっています。
一人でブツブツ文句を言ったり,夜中に大声を出すこともなくなりました。
母の存命中の方が父の認知症の症状はひどかったようです。

住み慣れた家で手厚く家族が世話をするのも介護。
施設で安全に世話をしてもらうというのも介護の一つだと思うようになりました。
父が穏やかに安全に生活している。
会いにいったら,手を振って迎えてくれる。
帰るときは,玄関まで見送りにきてくれる。
握手をすると,力強く握りかえしてくれる。
「気をつけて帰らんばよ」
「は~い」

カトリーヌ@長崎


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 その他生活ブログ 汚部屋・汚部屋脱出へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

No title

家族を施設に入ってもらうとき とても悩みました、
家族にも 体力の限界があり
共倒れになっても困るので 一大決心をしました
施設に入ってもらってから
体にも 気持にも ゆとりが出てきて
穏やかに暮らしていました
施設の家族もとても穏やかにそして長生きできました
これで良かったと 今は思っています
カトリーヌさんもお父様の穏やかなお姿を見られて
良かったです。

穏やかな時間がうれしいです。

ろんままさん
コメントありがとうございます。
母の存命中も亡くなってからも,色々なことがありましたが,
こうして,父と穏やかな時間を持つことができて本当にうれしいです。



No title

よかったねよかったね(T_T)
穏やかに向きあえる今を大切に
わたしもしたいと思うのら

ずっと,ありがとうございます^^

けいさん
コメントありがとうございます♪
ブログを始めた頃からずっと見守っていただき本当にありがとうございます。
“いま”を大切にするのら(´ω`*)
見守ってくれる人がいるって,うれしいです。
ブログをやってよかった!
ホントにホントにありがとうです♪


カトリーヌ

疎遠だった実家の母が急死。
実家には知らせていなかったが,うつ病治療中の私。
避けていたのに,突然向き合うことになったアレやコレ。
広い家に散乱する大量の不要品。
実家の片付けを諦めたわけではないのです。
ただ・・・挫折しているだけ。
強烈な個性の母が遺した爪痕は深く重篤でした。